スタジオゆりら Diary

ご訪問ありがとうございます!スタジオゆりら管理人が色々長文で語る不定期更新の日記です。

スピッツの音楽がお守りだった話

お題「自分にとってお守りのような曲5選」

「楓」の映画化が決まったり、「灯を護る」がTVアニメの主題歌に決まったりして、スピッツ大好き民の私は日々1人でやんややんやしておりますが皆様はいかがお過ごしでしょうか。

そんな中このお題を見つけてふと思い返すと、自分の人生のいろんな局面で、スピッツの音楽がお守りのように寄り添ってくれていたなと気づきました。

その当時に思いを馳せながら、つらつら書いてみることにします。

 

①テクテク

②若葉




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開幕2曲まとめてなのは申し訳ない。

この曲たちを延々と聞くことになったのは、当時大好きだったゲーム実況動画投稿者さんが実質的な活動終了を発表した時でした。

その実況者さんのファンアートをたくさん描いて、画力が上がったり仲良しさんに巡り会えたり、ある種のライフワークになっていたものですから、それはもう寂しくて寂しくて。

当たりまえと思ってたら 壊れてく

ずっと続くんだと 思い込んでいたけど

指のすき間から こぼれていった

こんな歌詞たちがチクリと胸を刺しながら、それでも聞かずにはいられませんでした。

心が求めてたんでしょうね。変に元気づけるでもなく、このとめどない寂しさをただ肯定してほしかった。この曲たちのおかげで、自分比ショックからの立ち直りは多少早かった気がしないでもありません。

しばらく聞いてなかったはずなのに、その時唐突に記憶の奥底から頭をもたげてきた。本当に不思議です。

 

③ルキンフォー


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前述の2曲の頃からちょっと経ったぐらいでしょうか。

無理やり働いていた前の職場でメンタルに限界が来はじめて、転職を決意。でも内心、社会一般に想定されるキャリア一直線の人生じゃなくなることが不安で不安で仕方ありませんでした。

そんな時に聞いたのがこの曲で

ルキンフォーめずらしい 生き方でもいいよ

誰にもまねできないような

2番のこのフレーズに救われたものです。

外れた道と思っていたことも、多くの場合はそんなに恥ずかしいことじゃない、と勇気をもらいました。今は転職して本当によかったと思うし、新しいことに挑むのが怖くなくなりました。

 

④春の歌


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前職での勤務最終日をやり遂げた帰りの車の中で、くり返し聞きました。

退職、すなわち新しい道が拓けていく。

心を満たしていたのは不安よりも勇気と希望のイメージでした。

長いトンネルをくぐり抜けた時 見慣れない色に包まれていった

実はまだ始まったとこだった

平気な顔でかなり無理してたこと 叫びたいのに懸命に微笑んだこと

朝の光にさらされていく

なんだか仕事・働く場面と密接に関係していることが多いですね。

こんなこと書くとお題から外れるかもしれないのですが、特別しんどいわけじゃなくても通勤のお供にスピッツのアルバムをかけることが多いんですよ私。

 

⑤僕はきっと旅に出る

この曲については過去にこのブログでも詳しく書いたので、併せて読んでいただけるといいかなと思うのですが

コロナ禍ステイホームで疲れ気味な心に寄り添ってくれた曲です。

この曲が生まれた時期の背景にある物事が、時を越えてコロナ禍ごろの自分にも絶妙に重なって感じられました。

あの時の私。今の私は君が願ってやまなかった未来をちゃんと掴めているかい?

 

来年もたくさんの素晴らしい音楽や作品に触れていきたいものです。

年内の更新はこれで最後になりそうです。

今年も読んでくださり、ありがとうございました。

よいお年をお迎えください。

楽しい方へ

ちょくちょくコピックマーカーを使ったアナログイラストの制作をしている私には、尊敬する絵描きさんがたくさんいらっしゃるわけですが

その中のお一人に、大きなイラストコンテストの受賞や技法書出版などの経験がある方がいらっしゃいます。

私がそのコンテストに初挑戦した年に受賞なさっていたその方は、大変美しい女性のイラストが持ち味で、長いことSNSのタイムラインを美麗に彩ってくださりました。

その方が今年のある日、SNSでとある報告をなさりました。

今までと作風を大きく変えて、新アカウントで既に活動を始めているとのこと。いわく、お絵描きを楽しんでいた子どもの頃の感覚を少しずつ取り戻しているそうで。

飛んで見に行ったのですが、そこには本当にうって変わって小さく丸く愛らしい、絵本のような癒しの世界がありました。

それはもう、一目で「大好き!」ってなりまして。

絵を描くというのは楽しい一方で大変なことも多いですから、楽しい気持ちで描き続ける道を見つけられたのは本当に幸福なことだと思います。

さて、私の好きなもの、子どもの頃夢中になったものって何だろうか。その探求の先に、私らしい作品作りの大いなる鍵があるような気がします。

変わらぬ正義

お題「心に残っていることば」

このところNHKの朝ドラ「あんぱん」に合わせるように、アンパンマンの作者・やなせたかし先生の足跡を辿る番組の再放送が盛んに行われています。

アンパンマン。私も小さい頃から触れていた大好きな作品です。

絵本も呼んだし、アニメもレンタルビデオショップでテープを借りてたくさん見たし、おもちゃや生活用品という形でもアンパンマンはそばにいたものです。

あれからもう何十年か経ちましたが、アンパンマンは時代を超えて今の子どもたちにもずっと愛され続けている。

そんな国民的作品を生み出したやなせ先生の功績はシンプルにとてつもなく凄いのですが、大きくなってからアンパンマンに込められたやなせ先生の信条に触れ「やなせたかし先生って素晴らしい」という思いをいっそう強くしました。

20代で戦地へ送られたやなせ先生は、厳しい飢えが何よりも耐え難かったとのこと。そしてそれでも信じていた“正義”は、結局は命の奪い合いでしかなかったことを痛感するのです。

そんなやなせ先生は戦後、廃品回収の仕事の最中に道端で見かけた、笑顔でおにぎりを分け合って食べる幼い兄弟の姿から大きな気づきを得たのです。

というわけで私が選んだ「心に残っていることば」は、そんなやなせたかし先生がご自身の人生を通して、アンパンマンに込めた正義の話から。

「飢えている人がいればですね、その人にひと切れのパンをあげるっていうことは、A国へ行こうが、B国へ行こうが正しいんですよ。もしも正義の味方だったならば、最初いちばんにやらなくちゃいけないのは、飢える人を助けることじゃないかと思ったんです」

  ―100年インタビューやなせたかし」〈NHK〉より

 

私も実は拙作『希望の風サティ』を通して、どんな時代にも通じる正義や悪についてかなり真剣に考えたことがあるのですが、やっぱり厳しい時代を肌で感じながらも、光の魂で乗り越えてきたやなせ先生が出した結論は重みが違います。

もし令和の時代に初めて発表されたとしても、みんなに支持されるアンパンマンであれと、ついそんなことを祈ってしまいます。

そしてこれから尊敬する有名人・著名人は誰ですか?と聞かれたら、迷わずやなせたかし先生の名を挙げたいと思います。

今年もなんやかんや誕生日を迎えまして、ひとつ歳を重ねました。

去年から今年にかけて、不思議なことに、少女~学生時代に関わった色々な方から連絡が来ることが増えたんですよ。

年賀状のみ毎年送っていた小学校の担任の先生が、今年はご丁寧に便箋のお手紙で近況報告などのお返事をくださったり。

長らく疎遠だった中学の同級生が突然家を訪ねてきて、同窓会に誘ってくれたり。

実は中学ってあまりいい思い出がなかったんですけど、久しぶりに会ったみんなはそれぞれ人生経験を積んでいい感じに大人になっていて、各々の苦楽や展望を対等に語り合える関係になっていました。

止まっていた時間が動いた、そんな感覚です。

 

思い思いに駆け抜けてきたそれぞれの人生をふと振り返り、仲間を懐かしく思う。

私が迎えた齢というのは、そういうものなのかもしれません。

インターネットもいいけど、顔を合わせる交流も大事にしたいものです。

今月は大学の同窓会。ほんまに楽しみやなぁ~。

ドローイングに挑戦した話 ~クオリティと時間のバランス

昨年、SNSにて個人的に取り組んでいたことがありまして。

毎月1点、デジタルでドローイング作品を投稿するというチャレンジをしておりました。

ガッツリ描くイラスト作品はどうしても制作に時間がかかるので、もっと自分の絵を楽しんでもらえる機会を増やしたいと思い、途中SNSの拠点変更というアクシデントも乗り越えながら目標どおり12ヶ月やりきりました。

 

一挙紹介しましょう。

1月:イラスト『氷の世界』より

2月:猫の日にちなんで、イラスト『ハロウィン・プリンセス』より

3月:『黄桜の精』より

4月:うちの子サティにランドセルしょってもらった

5月:誕生月。花束に感謝を込めて

6月:雨の日、うちの子シェリ

7月:『天狐の愛した提灯』七夕版

8月:『人魚姫 ―魂の幸福』より

9月:『月の出』より

10月:『2人ぼっちのハロウィン』より

11月:オリジナル。どんぐりの背比べ

12月:Merry Christmas!

ここからは実際にやってみてどうだったかの話。

やっぱり純粋に絵を発表する機会が増えたのはそれはそうだったし、多くは過去のイラスト作品などを題材に描いたので、前に描いたキャラの新しい一面・あまり描かなかった側面を見せたりできたのは楽しかったですね。

一方で、これと並行して一次創作『希望の風サティ』動画制作もしていたので、結果しっかりしたクオリティ高めのイラストがほとんど描けなくなってしまいましたね。

もっと色々な要因はあったけど、時間のやりくり・キャパの限界を感じたりもしました。

自分の場合は「毎月!」とノルマを決め過ぎず、色々な本制作の合間に時々挟むぐらいでちょうどよかったのかもしれません。

それが分かったのも私にとっては立派な収穫でした。

手軽な落書き調のドローイングと、しっかりしたイラストや各作品。どちらにもそれぞれに良さがありますから、どちらかに傾倒するのではなく、どちらのいい所も大切にして、創作活動に勤しんでいきたいものです。

アナログで描ける、ということ

今でこそデジタルを活用した動画などの創作も活発に行っている私ですが、作品としてのイラストは昔から変わらずアナログで制作しています。

主にコピック(イラストマーカー)で。

かつて、YouTubeで活動するゲーム実況動画投稿者さんが企画したイラストコンテストに、アナログで描いたファンアートを応募したことがありまして。

残念ながら当時の動画はもう存在してないのですが、私はその時のリアクションを今でもハッキリと覚えています。

「アナログですよね、これ?」

「アナログなの、これ?!だとしたら凄いよ!デジタルで描いたみたいな…」

「す~げ~~!!アナログでここまで描けるの?!?!」

「これは…w これは凄い! え、これは凄いよ!」

デジタルで綺麗な線や塗りで描ける人が羨ましくて、自分の絵が足りないものだらけのように感じていた当時、自分の絵に対してこれだけの歓声が上がるのを目の当たりにして、私まで気持ちが高揚したものでした。

 

時は移ろい、私は大手企業VTuberにハマりまして。

ファン総人口は何十倍、プロレベルの絵が描ける方もわんさかいらっしゃる。

他の方の素晴らしいファンアートは見てて楽しいながらも、美麗で多様な表現のデジタルイラストの数々に、なけなしの自信は日々ポッキリへし折られる。

それでも、日頃楽しませてもらっている感謝や記念日お祝いの気持ちを伝えるべく、拙いながら勇気を振り絞ってファンアートを投稿しました。

デジタルが苦手なら、慣れ親しんだアナログで描けばいい!

「お~アナログだ!すご~い」

ご本人だけでなくファンの皆さんからも、色使いや塗りを褒めていただけました。

正直なところ拙い点を挙げればキリがないのですが、それを十分補えるアナログ質感ならではの魅力が見た人に伝わったのかもしれません。

 

上を見れば限りなしとため息をつくことも珍しくないですが、デジタル全盛のこの時代、実はアナログで制作ができることはそれだけでクオリティを問わぬ価値があるのかもしれないと、先の2つの経験から教えてもらえている気がする年の瀬です。

来年は忙しくなりそうだけど、時間や機会を見つけてまた作品としてのイラスト制作もやっていけたらいいなぁ。

 

今年もブログを読んでいただき、ありがとうございました。

よいお年をお迎えください。

山下清展レポ

先週の話ですが、福岡県立美術館で開催されている「生誕100年 山下清展 -百年目の大回想」に行って参りました。

山下清というと、多くの方はテレビドラマや映画の『裸の大将』あるいは放浪の天才画家というイメージかもしれないのですが、この展覧会ではそのイメージだけにとらわれない、貼り絵を中心とした多種多様で奥深い芸術家としての山下清の世界を後世に伝えるという趣旨のもと開催されたとのこと。

私自身はというと、かなり前に美の巨人たちという番組で山下清の貼り絵作品が特集されているのを見たことがあるので、展覧会の告知を偶然テレビCMで見てからというもの、芸術家・山下清の作品をぜひお目にかかりたいと楽しみでなりませんでした。

特に印象に残っている貼り絵の代表作「長岡の花火」の実物も展示されていて、近くから遠くから、何度もじっくり見ました。

少年期の貼り絵作品も数多くあり、桃の花が咲く中を行く人や湖畔を描いた作品が瑞々しくて心に残っています。今のように物資が充実していたわけではなく、彩度の高くない限られた色紙で作られたものではありましたが、その限られた色彩がむしろ霞のような空気感を感じさせました。

今は物資も潤沢だしテクノロジーの力も手伝って、どんな色でも自由自在に表現できる時代だけど、案外自分にとっては逆に困難なのではないかと気づかされました。

それにしても山下清の作品、美術の教科書に載らないかなぁ。それとももう載ってるかなぁ。

 

先ほど代表作として長岡の花火を挙げましたが。

山下清の代表的な作品は貼り絵と言われていますが、実は他にも鉛筆画・油絵・ペン画・陶磁器への絵付けなどマルチに様々な創作活動に勤しんでいました。

そうしたジャンルを跨いだ様々な創作物に度々登場するモチーフが、花火なのです。

文房具屋で花火を買って夕方を待ちわびる心境を日記に綴るほどに花火大好き少年だったようで、幼少期から何か特別に心惹かれるものがあったことは想像に難くありません。

展示会場に入って一番最初に飾られていた少年期の鉛筆画作品も、大輪の花火が打ち上がる風景でした。

「今年の花火見物はどこに行こうかな」というのが山下清の最後の言葉だったといいますが、生前こんな言葉も残していました。

みんなが爆弾なんかつくらないで きれいな花火ばかりつくっていたら きっと戦争なんて 起きなかったんだな

山下清が放浪の旅に出た様々な理由のうちの1つが、徴兵検査から逃れるためだったことが記録に残っています。

世界情勢が混沌としてきている今、この言葉がぐっと心臓に突き刺さる気持ちです。

 

こういう展覧会に行って芸術に触れると、なんだか絵を描きたくなるし

絵を描くことについて語りたくもなってきたな。

次回の更新はもしかしたらそういう記事かもしれません。